音楽・スポーツの話題を中心に日々の雑感を綴ります
by neroli_bigarad
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カテゴリ:ラフマニノフ( 8 )
ヴォカリーズ Op.34-14
ラフマニノフは数多くの歌曲を作曲しているが、その中でも最も広く親しまれているのがこの作品。クラシックにあまり詳しくない人の場合、協奏曲などよりもむしろこの「ヴォカリーズ」や「パガニーニ・ラプソディー」の方がなじみ深いかも知れない。
ヴォカリーズとは声楽の練習などで行われる、歌詞なしで「aaa〜」と母音のみで歌う唱法のことで、この唱法によって歌われる作品のことも指す。ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は深い憂愁に彩られたロマンティックな旋律により多くの人に愛されてきた。作曲者自身によるオーケストラ版をはじめ様々な楽器のために編曲され、演奏されている。
曲はABBコーダの形をとるが、ラフマニノフ指揮によるオーケストラ版の録音では後半の反復が省略されている。器楽曲として演奏される際はこの反復の部分で主旋律楽器と伴奏とでパートが交換される場合も多い。
コーダでは伴奏ピアノが冒頭の旋律を演奏するのにのせてソプラノが13度にわたってゆるやかに上昇する対位旋律を奏でて大きな盛り上がりを形成する。このあたりは楽曲の規模こそ異なるものの交響曲第2番の終楽章を連想させる。
ロシアのコロラトゥーラ・ソプラノ、アントニーナ・ネジダーノヴァのために作曲され、彼女と作曲家自身のピアノによって1916年2月7日(ロシア歴1月25日)に初演された。

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by neroli_bigarad | 2006-06-05 00:38 | ラフマニノフ
グラインドボーン音楽祭 2004 ーその1ー
去る3月19日、教育テレビ「芸術劇場」で2004年7月に英国で行われたグラインドボーン音楽祭の模様が放送された。演目はラフマニノフ「けちな騎士」とプッチーニ「ジャンニ・スキッキ」の二つのオペラ。ともにめずらしいといえる部類に入る作品で、「ジャンニ・スキッキ」はアリア「わたしのお父さん」で有名だが、実際に全曲が上演されることはそれほど多くないと思われる。また「けちな騎士」の方は現在上演されることは滅多にないはず。知られざる作品に光をあてた、意欲的な取り組みといえるだろう。

音楽監督のヴラディーミル・ユロフスキは以前からロシアの知られざる作品の上演に意欲を燃やしていたという。「けちな騎士」は上質な音楽にあふれ、上演する価値のある作品だと彼はいう。しかし興業的な面を考えるといいカップリングが必要になる。ある時彼は「ジャンニ・スキッキ」なら理想的だということに気づく。貪欲さというテーマが共通し、有名なアリアのゆえにタイトルは知らぬ人のいない作品という点に注目したのだろう。この取り合わせの妙は二作を続けて観れば明らかとなる。


ラフマニノフ「けちな騎士」 Op.24

アルベルト: リチャード・バークリー・スティール
召使い: マクシム・ミハイロフ
金貸し: ヴィアチェスラフ・ヴォイナロフスキー
大公: アルベルト・シャギドゥリン
男爵: セルゲイ・レイフェルクス
貪欲の精: マチルダ・ライサー

指揮: ヴラディーミル・ユロフスキ
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

演出: アナベル・アーデン

金への執着にとり憑かれた守銭奴の哀れな末路を描いたプーシキン原作の悲劇。登場人物は全て男性で、合唱も伴わないため女声は一切用いられない。オーケストラは低弦の重たい響きに特徴があり、全体に暗く重苦しい作品である。演出家のアナベル・アーデンは原作にないキャラクターとして、擬人化された貪欲さの象徴をマチルダ・ライサーという女優にパントマイムで演じさせた。これによって人を破滅に導く魔術的な力を際立たせることに見事に成功したといっていいだろう。

筋立てはこれといってこみいったところのない単純なもの。極度の金銭欲にとり憑かれた男爵が、そのためにまともな社交さえできなくなってしまった息子から訴えられる。大公の召喚を受けて弁明し、息子と対決するうちに興奮のあまり息絶えてしまう。
文字にしてしまうと実にあっさりとした説明になるが、作品全体に漂う重苦しい緊迫感はただならぬものがある。特に地下室の長持に新たに手に入れた金を蓄える場での男爵のモノローグは狂気を感じさせる凄絶さだ。

しかしプーシキンにせよ、ラフマニノフにせよ、なぜこのような救いようのない重苦しい悲劇を描こうとしたのだろう。プーシキン(1799ー1837)はラフマニノフ(1873ー1943)より100年ほど前の人物だが、彼の時代には帝政ロシアにも貨幣経済が浸透し、貴族階級から物語の主人公のような守銭奴が輩出されるようになっていたのだろうか。経済の変動をうまく乗り切ることができずに没落してしまった両親の下に育ったラフマニノフはこの悲劇に何を感じオペラにすることを思い立ったのだろうか。
元々貨幣経済のもたらす社会の変動や人心の動揺を情感豊かに描いてみせることはロシア芸術の特質の一つ。チェーホフの戯曲はその最も優れた例なのだが、この作品もそうした系譜に連なる傑作の一つといえるのかも知れない。

最後には男爵は金を貯め込んだ長持の鍵束を握りしめながら息絶える。そしてその遺体の傍らから息子が鍵束を持ち去るところで幕が降りるのだが、それが次の「ジャンニ・スキッキ」の冒頭の場面へとつながっていく。この2作のカップリングの絶妙さを見抜いたユロフスキの慧眼には感服してしまう。

その2へ続く
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by neroli_bigarad | 2006-04-12 22:05 | ラフマニノフ
今日が誕生日の人
今日はジャイアンツの桑田真澄投手、フィギュアスケーターの八木沼純子さん、カナダの若手ペア、マルクー・ブンタン組の女性、ヴァレリー・マルクーさんの誕生日。私の知らないそのほかの方も含めて今日が誕生日のみなさん、おめでとうございます。

セルゲイ・ヴァシーリエヴィチ・ラフマニノフは1873年4月1日(ロシア歴3月20日)、父ヴァシーリィ・アルカーディエヴィチと母リュボーフィ・ペトローヴナの間に第三子としてこの世に生を享けた。彼の出生地は従来ノヴゴロド州のオネグとされてきたが、最近の研究では同州スタロルースキィ地方のセミョーノヴォで生まれ、間もなくオネグに移ったとの説が有力である。
ラフマニノフ家は元々は大地主貴族だったが、作曲家セルゲイが生まれた頃にはすでにかなり没落していたらしい。彼が幼いうちに一家は破産し、両親はそれが元で別居するに至った。貴族の子弟が通う学校へは費用を負担できず、その代わりに彼は音楽の才能を活かして奨学金を得てペテルブルク音楽院の幼年クラスに通うようになった。
一家の没落も彼にとっては悪いことばかりではなく、もしそれがなければ軍人になっていて、せっかくの音楽の才能も活かされることがなかったかも知れない。それを思うと人の運命の不思議さを感じずにはいられない。
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by neroli_bigarad | 2006-04-01 19:39 | ラフマニノフ
63年前の今日
今日はセルゲイ・ヴァシーリエヴィチ・ラフマニノフの命日。ラフマニノフは1943年3月28日、70歳の誕生日を目前にしてカルフォルニア州ビヴァリーヒルズの自宅でその生涯を閉じた。

こんなエピソードが伝えられている。
死の床についていたラフマニノフはしみじみと自らの手を眺めながらこうつぶやいたという。「可哀想な私の手…。もうお別れだ!」
ヨーゼフ・ホフマンが「一年間貸して欲しい」と羨んだという大きな手で、ピアノを激しく、哀切に歌わせてきた稀代のヴィルトゥオーゾに相応しい言葉だと思う。


関連記事:
天賦の才と先天性疾患
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by neroli_bigarad | 2006-03-28 20:03 | ラフマニノフ
パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43
荒川静香さんがショートプログラムで使用するという前提で解説を書くつもりでいたのだが、曲を変更してしまった。タイミングを逸してしまったが、一応書いておこうと思う。

まずはパガニーニの説明から。
ニコロ・パガニーニ(1782-1840)はイタリア出身のヴァイオリニスト。驚異的なテクニックを誇るヴァイオリン演奏史上最大のヴィルトゥオーゾであり、多彩な技巧を盛り込んだヴァイオリン作品も残している。そのあまりにも卓越した技巧と特異な風貌から、「その技巧を悪魔に魂を売って手に入れた」と怖れられたという。以前のエントリーでも述べたが、彼の超越的な技巧にはマルファン症候群という先天性疾患も影響していたらしい。フランツ・リストが彼の演奏を聴いて「自分はピアノのパガニーニになる」と決意したことはよく知られている。また彼はイングヴェイ・マルムスティーンなど現代のギタリストに影響を与えたことでも知られるが、実際にギターのための作品も残している。これはWikipediaによるとフィレンツェの女性ギター奏者を愛人にしていたためという。

ラフマニノフは1934年、パガニーニの「24の奇想曲 Op.1」の最終曲の主題にもとづいてピアノとオーケストラのための変奏曲を作曲した。これが「パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43」、通称パガニーニ・ラプソディーである。24の変奏からなる作品で、特に第18変奏アンダンテ・カンタービレはラフマニノフならではの叙情的な旋律で有名である。クラシックに詳しくない人には協奏曲よりもむしろ、この曲や「ヴォカリーズ」の方がなじみ深いかも知れない。なお、リストやブラームス、ルトスワフスキなども同じ主題による変奏曲を書いている。
短い序奏に始まり、先に第1変奏が奏され、その後に主題が提示されるという少し変わった順序になっている。第7変奏では新たにディエス・イレエの旋律が導入され、以後度々登場する。
ディエス・イレエ(怒りの日と訳される)とは教会音楽の旋律で、階名でいうと「ド・シ・ド・ラ・シ・ソ・ラ・ラ」になる。クラシックでは以前から死や最後の審判を象徴するモティーフとしてよく使われてきたものである。ベルリオーズの幻想交響曲の終楽章や、リストやサン=サーンスの「死の舞踊」などが有名な例。ラフマニノフもこの旋律を頻繁に使用してきた作曲家であり、この曲でもそれが効果的に活かされている。
ピアノのための協奏的作品として4曲の協奏曲とともに広く親しまれる、ラフマニノフの傑作である。亡命後の国外生活の中で作られた作品としては最も人気のある曲といえるかも知れない。
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by neroli_bigarad | 2006-02-19 19:14 | ラフマニノフ
ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 Op.18
いわずと知れたラフマニノフの最高傑作、彼の大作曲家としての地位を確立させた記念碑的な名曲である。このジャンルではチャイコフスキーの1番などと並んで現在最も人気のある曲の一つである。この曲の成り立ちについては以前のエントリーのリンク先を参照して欲しい。ここではラフマニノフ・マニアとして、一般にあまり知られていない(と思われる)が、この曲を鑑賞する上で重要な事実を一つ紹介しておこうと思う。

ラフマニノフ家は元々は大地主貴族であったが、作曲家セルゲイ・ヴァシーリエヴィチが生まれた頃にはかなり没落しており、彼の幼少時についに破産して両親が別居するという事態になってしまった。困窮する彼を親身になって助けたのが父方の伯母とその一家、サーチン家の人々であった。彼が作曲の意欲を失っていた時期にダーリ博士を訪ねることをすすめたのもサーチン家と懇意の医師だった。
1890年、17才の夏に初めてサーチン家の所領イワノフカを訪れて以来、毎年の夏をそこで過ごすのが彼の慣例となった。最初の年にそこで一緒になったのがサーチン家の親類にあたるスカローン家の人々だった。彼はこの家の三姉妹のために「ワルツ」、翌年には「ロマンス」という六手のピアノのための小品を作曲している。三姉妹のためなので、六手ピアノという特殊な編成になっている。このうち末娘のヴェーラとの間に淡い恋愛感情が芽生えたといわれている。なお、CDのライナーなどで、三姉妹の長姉ナターリア・スカローンと、後に彼の妻となるサーチン家の長女ナターリア・サーチナを混同した記述を時々見かけるが、惑わされないように。
ヴェーラ・スカローンは1899年、ラフマニノフ失意の時期に別の男性に嫁いでいった。

ピアノ協奏曲第2番ははじめに第2楽章と第3楽章が作曲され、全曲の完成前に二つの楽章が1900年12月2日モスクワ交響楽の夕べで演奏された。最後に作曲されたのが第1楽章である。
さて第1楽章より先に作曲された第2楽章だが、まずオーケストラによるやや神秘的な導入部の後ピアノがアルペジオを奏で、それに乗せてフルートとクラリネットがこの楽章の主題を歌い継いでいく。実はこのピアノのアルペジオは前述の六手ピアノのための「ロマンス」の冒頭で用いられたものなのである。したがってこの主題は旋律にアルペジオがつけられたのではなく、アルペジオに合わせて旋律がつくられたのではないかと思われる。この辺りの事情はグノーのアヴェ・マリアと少し似ているかも知れない。
ダーリ博士の助力を得つつ協奏曲の構想を練っている時、ラフマニノフの胸のうちにあったのはスカローン姉妹とイワノフカで過ごした夏の情景であったと思われる。この曲が私たちの心の琴線にふれる理由の一つは、彼の初恋への追憶がこめられていることにあるかも知れない。またこの曲が「逢い引き」(原題 Brief Encounter)をはじめとする恋愛映画に頻繁に利用されるのも、こうした事情によると思われる。
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by neroli_bigarad | 2006-02-11 19:11 | ラフマニノフ
前奏曲 嬰ハ短調 Op.3-2
いよいよ日本時間明日、トリノ・オリンピックが開幕する。以後数回に亙って観戦ガイドを兼ねてフィギュアスケートで使用されるラフマニノフの楽曲解説をしてみようと思う。

まずはラフマニノフの出世作「前奏曲 嬰ハ短調」から。
ラフマニノフは1892年、19才の時に5曲からなるピアノ小曲集「幻想的小品集」Op.3を作曲した。この内の第2曲「前奏曲 嬰ハ短調」はたちまちのうちに評判を呼び、彼の名は世界中に広まることとなった。重厚な和音の連打が特徴的なこの曲はロシア正教の教会の鐘の音に着想を得たといわれ、「鐘」のニックネームでも親しまれている。こうした鐘の音を思わせるぶ厚い和音は彼の作品の多くに共通して見られる特徴である。なお、この曲とは別に「合唱交響曲 鐘」という作品(こちらはニックネームではなく正式なタイトル)もあるが、これと混同しないように。
この曲があまりにも有名になったため、彼はこの後コンサートの度にアンコールでこの曲を演奏することを要求され、弾き終わるまでは決して帰してもらえなかったそうである。
またこの曲は世界中で多くの音楽家により(時にはアレンジされて)数え切れないほど演奏されたのだが、当時ロシアは著作権についての国際条約に加盟していなかったため、彼には何ら金銭的利益をもたらさなかったという。彼がこの曲から手にしたのは出版社に売り渡した時に受け取った200ルーブリ(一曲当りにすると40ルーブリ)に過ぎなかった。

その後彼は1903年に「10の前奏曲 Op.23」、1910年に「13の前奏曲 Op.32」を出版し、嬰ハ短調のものと合わせて24の調性に対して一曲ずつの前奏曲を作ることとなった。これはおそらくショパンの「24の前奏曲 Op.28」に倣ったもので、モスクワ音楽院の同窓スクリャービンの「24の前奏曲 Op.11」(1888-96)にも刺激を受けたものと思われる。これら24曲は現代のピアノのレパートリーの重要な部分を占めているといっていいだろう。
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by neroli_bigarad | 2006-02-10 19:40 | ラフマニノフ
天賦の才と先天性疾患
ラフマニノフは私の最も敬愛する音楽家なので、あらためて学ぶこともないだろうと思いつつWikipediaを調べてみたらやはり知らないことはあるものだ。彼はマルファン症候群という先天性疾患のために左手小指が長く、そのことが超人的な演奏を可能にしていたのだという。
彼は大きな手のピアニストとして知られており、そのために彼のピアノ曲には演奏至難なものが多い。手の小さなヨーゼフ・ホフマンは「一年間貸して欲しいものだ」と羨んだというエピソードも伝えられている。協奏曲2番の冒頭の和音では左手に十度の開きが要求され、ラフマニノフ演奏の第一人者アシュケナージを含む多くのピアニストがこの部分をアルペジオで弾いている。
こうした彼のピアノ曲の特質が元々の手の大きさに加えてそのような病に由来するというのは実に興味深い。同じ疾患の持ち主としてニコロ・パガニーニの名が挙げられているのも驚きだ。パガニーニとラフマニノフといえば共にクラシック演奏史に君臨する大ヴィルトゥオーゾ。その技巧や音楽性に先天性疾患が影響を与えていたというのだから運命とは不思議なものだ。医学的には疾患であっても、彼らにとっては天賦の才の構成要素の一つだったのだろう。リストの場合はどうだったのだろうか。
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by neroli_bigarad | 2006-02-09 19:34 | ラフマニノフ