音楽・スポーツの話題を中心に日々の雑感を綴ります
by neroli_bigarad
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You go to my head
朝霞市で行われた本田美奈子さんの追悼展に行って以来、頭の中を美奈子さんに占領されてしまって、すっかり他のことを考えられなくなってしまった。荒川静香さん出演の「NANDA」もすっかり忘れて見逃す始末。このサイトはネット社会ではフィギュアスケートブログとして認知されているようで、他の話題を書くとアクセスが減る傾向にあるのだけど、今はスケートの話題には気持ちがついて行けない状態なのでご容赦を。

フィルムコンサートを見て「美奈子さんは今もここにいると感じた」とか「生きる力をもらった」というような感想を述べる方もおられるけど、私は逆に亡くなった直後のどうしようもない悲しみがよみがえって来てしまったようだ。あれからもうすぐ半年になるけど、かけがえのない人を喪ってしまったという思いは消えることがない。長いこと事実上彼女を忘れていたにも関わらず、だ。きっとこのまま墓場まで携えて生きていくことになるのだろう。もっともファンとしてはそれも悪くはなさそうだ。

記事のタイトルはたまたま持っているジャズのアルバムに収録されている曲の名前から採った。ジャズには全く詳しくないのだけど、スタンダードナンバーの一つらしい。
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# by neroli_bigarad | 2006-04-29 23:44 | 雑感
本田美奈子さん追悼展 その2
その1からの続き

しかしそのいたたまれないような思いも、新境地を切り開いたソプラノヴォイスによる歌唱が紹介されると少しずつ平静を取り戻すことができた。あの直後もそうだったけど、大切な人を喪ったどうしようもない悲しみをその人の歌で癒してもらうという倒錯した現象を、ここでもまた体験してしまったわけだ。
「アヴェ・マリア」そのほかの歌は近作のクラシックアルバムからの音源と思われるが、それに収録時等の映像が重ねられ、あらためてあまりのかわいらしさに胸がキュンとなってしまう。

そしてここからがこのフィルムコンサート最大のクライマックスになる。野外でのコンサートの映像に「つばさ」のイントロが流れてくる。音響や録音の状態が非常にいいので、はじめスタジオ録音の音源にライヴの映像をかぶせているのかと思ったが、音声と完全にシンクロしているのでライヴの音源なのだと気づく。後で知ったところによると阿蘇山の麓の阿蘇ファームランドにおける服部克久氏主催のジョイントコンサートでの歌唱だという。晴れ渡った空の下で大好きな太陽の光を浴びながら美奈子さんが気持ちよさそうに熱唱を披露してくれた。声のつや、のび、魂をこめた歌い回し、どれをとっても最高に素晴らしかった。これまでに聴いたこの曲の音源の中でも一番の出来だったと思う。美しい阿蘇の風景も含めて心酔わせてくれる一時だった。

続いては2004年12月の「AAA(Act Against AIDS)」での「ジュピター」。噂には聞いていたが、これが凄まじい迫力だった。生きることの素晴らしさを全身で訴えかけるような力強い熱唱にほとんど度肝を抜かれてしまった。クラシックとのクロスオーヴァーに挑戦を始めてからの歌唱はスタジオ録音のほかいくつかのライヴ音源なども耳にしたが、この日はほかのものとは全く違ったレベルの鬼気迫る凄演だった。これが病気のために39度近い熱のある人の演奏なのだ。
さらに驚いたのはそれに引き続いて「1986年のマリリン」を歌い始めたことだった。聴衆にサビの部分の「マリリ〜ン♪」を一緒にコーラスすることを要求しながらノリノリで歌うのを呆然となって聴いていた。一体この二曲を続けざまに、しかもそれぞれの曲想に合わせて歌うことのできる歌手がどれほどいるだろうか。

コンサートの最後はあまりの迫力に気圧されてしまった魂をやさしくいたわるかのような「新世界」。スタジオ録音の音源だと思うが、驚きや喜び、深い悲しみの入り混じった感情を美奈子さんの歌声に慰撫される心持ちはまた格別だった。

唱法やジャンルを変える節目の心境を語るインタビュー映像や、遺された手記のナレーションをはさみながら美奈子さんの多岐にわたる業績を紹介するフィルムコンサートはこうして幕を閉じた。
45分にもわたって美奈子さんの熱唱を聴き続けて最後は腑抜けたようになってしまい、しばらくは立ち上がることもできなかった。この会場に美奈子さんも来ているのだろうかと思って途中何度かホールの天井を見上げてみたのだけど、生憎私にはその種の感覚が皆無で、何も見えなかった。モリクミさんなら私たちをやさしく見守る美奈子さんの笑顔が見えたのだろうか。

後ろの方の席からは「朝霞音頭」での手拍子や「マリリン」のコーラス、終了時の野太い声での美奈子コールが聞こえてきて感銘を受けたのだが、これは私が見た最後の5回目の上映時だけの演出だったようだ。その意味ではラッキーだったといえるかも知れない。このコンサートを複数回聴いた人も多かったようだが、私は一回聴いただけで精魂尽き果ててしまい、二回以上見るだけの強さはなかった。それほど充実した、素晴らしいフィルムコンサートだったと思う。

事務所のBOSSさんは大ホールへ入る際にみんなを出迎えるように階段の端に立っているのをお見かけして、心の中で会釈をさせていただいた。残念ながらお母様と妹さんはお見かけしなかった(あるいは気がつかなかった)。

お母様は美奈子さんの記念館を建てて欲しいという強い希望をお持ちのようだ。美奈子さんが歌にこめた思いを感じながらファンや朝霞市民のみなさんが憩えるような空間は私としても望むところ。何とかして願いが叶えられるよう、微力ではあるが協力して差し上げたいと思う。

今回のフィルムコンサートで使用された映像や音声は権利関係の処理が繁雑で、リリースするのが困難らしい。BOSSさんも苦慮されているようだが、「オン・マイ・オウン」と「つばさ」、「ジュピター」の3曲は、稀代の芸術家本田美奈子の真の姿を世に知らしめるためにも、万難を排して正規のリリースにこぎつけて欲しいものだ。

「追悼展」は今後全国で実施されるという情報もある。今回参加できなかった全国のファンの方がこのような素晴らしい体験をする機会が与えられるよう、関係の方々にご尽力をお願いしたい。


関連ページ:
2日間で4860人来場 本田美奈子.さん追悼展 朝霞:WEB埼玉
LIVE FOR LIFE in ASAKA 2006 追悼展 イベントレポート:ゴマブックスによるイベントレポート(衣装の写真の右端が20周年記念のために用意されたもの)
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# by neroli_bigarad | 2006-04-26 22:11 | 本田美奈子さん
本田美奈子さん追悼展 その1
今月22日と23日に朝霞市で本田美奈子さんの追悼展が行われた。私は一般公開の23日に参加してきた。当日の簡単な日記はすでに記したので、ここではその内容と感想を少し詳しく書いておこうと思う。

展示場に入ってまず目につくのがステージ衣装の数々。一番手前にある一際豪華な衣装は20周年を記念して用意しながらついに着ることのなかったもの…。これを見ただけでも胸が締めつけられる思いだった。ほかにもアルバムジャケットやTV出演の映像で見慣れたものが並んでいた。どれもスカート部分はゆったりと作ってあるのだが、腰から胸にかけては信じ難いほどの細さで、あらためてこんな華奢な体であれほどの声を発していたのだということに愕然となる。
その他のスペースは主に写真パネルと愛用の品々。何を見ても切ない思いがこみ上げてくる。

フィルムコンサートに先立って岡野博行氏の挨拶があった。美奈子さんと仕事をするに至った経緯や今回の追悼展、"LIVE FOR LIFE"の趣旨についての説明などが行われた。フィルムコンサートについては「美奈子さんは『20周年はノンジャンルで全国を駆け回りたい』と話していたのでそのことを意識した構成にした」とのこと。

その言葉通り、幕開けはこの日の会場と同じゆめぱれすで行われた「凱旋」コンサートでの「舟歌」から。可憐なソプラノヴォイスながら歌い回しは正に演歌そのものだった。オリジナルの八代亜紀さんのハスキーな調子とは違い、やはり私好みの細身の美人歌手、香西かおりさんを彷彿とさせる切なく儚げな「舟歌」だった。そのまま陽気な曲調に一転すると今度は聴衆の手拍子と一緒になっての「朝霞音頭」。お祭りなどで歌われる、朝霞市民にはおなじみの曲のようだ。美奈子さんの朝霞への愛情の表れなのだろう。あるいは志村けんさんが東村山音頭を全国的に有名にしたように、この曲の全国展開をもくろんでいたのだろうか。この朝霞でのコンサートは録音があまりよくなかったのが残念だった。

ここからがいよいよ本番ということらしい。比較的最近のスイートベイジルでのソプラノコンサートから「誰も寝てはならぬ」と「アメイジング・グレイス」が上映された。赤いドレスを身にまとい優雅に舞いながらの歌唱。最初の曲目がこのアリアだったのは荒川静香さんの影響なのだろうか。「アメイジング…」はミニアルバムに付属のDVD収録のものと同じ映像だったようだ。

次に紹介されたのは「Oneway Generation」をはじめとするアイドル時代のヒット曲の数々。使用されたのはTVの歌番組に出演した時のスタジオライヴの模様と思われる。ここでなぜ「…マリリン」がないのかと不審に思ったが、そのわけは後ほど判明する。このコーナーの最後は WILD CATS による「あなたと熱帯」。ビデオ「勝手にさせて」収録のものだそうだが、コンサートライヴと思われる映像が音声と全くシンクロしていなかったので、スタジオ録音の音源にライヴ映像を重ねているようだ。

その次はいよいよ版権上の問題で目にすることが難しいミュージカルの映像。美奈子さんによる「オン・マイ・オウン」は先日発売されたアルバム「心を込めて…」で初めて入院直前のスタジオでの録音がリリースされたが、ミュージカルでのライヴ音源は未だにCD化されていない。この日流されたのは実際の「レ・ミゼラブル」上演の際の映像だったようだ。先日の「誰でもピカソ」で放映されたスタジオでのライヴよりもさらに充実した熱のこもった名演で、これを鑑賞できたのは貴重な体験だった。ほかに「クラウディア」からの映像も見ることができた。

ここまで淡々と内容について書いてきたけど、内心は聴きながら非常につらい思いをしていた。聴く者の心に突き刺さるような渾心の熱唱は、1階の展示で見たあの衣装を着られるようなか細い体から発せられているのだ。そしてその人はもうこの世にはいないということを感じながら聴くのはいたたまれないような思いにもさせられることだった。

その2に続く

関連ページ
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# by neroli_bigarad | 2006-04-25 19:15 | 本田美奈子さん
朝霞巡礼
今日は衆院補選の投票日。昨日まで連日大物政治家が近所にやってきていたが、候補者の名前も知らなかった。一応棄権はしたくないので公報を引っ張り出して目を通してから投票所へ足を運ぶ。これで言いたいことを言う資格は確保できたわけだ。

世俗の雑事を済ませるとその足で朝霞へ向かった。電車が朝霞市内に近付くとなにやら身が引き締まってくる。駅を降りるとありふれた郊外の町に過ぎないのだが、あの人が愛した町だと思うとそれだけで神聖な場所に思えてくる。
会場へは事前の予習のお蔭で迷わずにたどり着けた。立派なホールの周りは人でこったがえしているかと思いきや、意外に落ち着いた雰囲気だった。しかし中へ入ると係の人が「フィルムコンサートには整理券がないと入場できません」とアナウンスしていて、一瞬もっと早く来なければ入れなかったのかとパニックを起こしかけた。問い合わせると次の回の分はこれから配るということが判明して一安心。衣装などの展示品を一通り見た後、新アルバム「心を込めて…」を購入した。すでに20日に発売されていたのだがなんとなくこの場で買いたくて今日まで待っていたのだ。期待していなかったのにポスターを付けてくれたのはラッキーだった。

荘重な気分になりながらホールに入場すると、中央の比較的前の方の席を確保。岡野博行氏の挨拶の後、いよいよ上映開始。
渾心の歌唱が胸に突き刺さり、聴いていてつらくなりいたたまれない思いにさせられるような、しかしかけがえのない45分間だった。

終わった後もしばらく展示品を眺めていることもできたのだけど、外の空気が吸いたくなって会場を出てしまった。朝霞の町を歩く感慨をかみしめながら駅にたどり着いた。

詳しい感想はまた後ほどということにして、今日は歌声を聴きながらふと思いついたプーシキンの詩の一節を引用して終わりにしようと思う。

歌うなかれ、美しい女よ
おまえの悲しげなグルジアの歌は
私にこの世ならぬ人生と
遠い岸辺を思い起こさせる

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# by neroli_bigarad | 2006-04-23 23:02 | 日記
グラインドボーン音楽祭 2004 ーその2ー
その1からの続き。

2004年7月に行われたグラインドボーン音楽祭の二つ目の演目はプッチーニ唯一の喜劇「ジャンニ・スキッキ」。一つ目の「けちな騎士」と同じく貪欲さというテーマを扱いながら、対照的に軽快で笑いの絶えないコメディーである。


ツィータ: フェリシティー・パーマー
チェスカ: マリー・マクロクリン
マルコ: リッカルド・ノヴァーロ
リヌッチョ: マッシモ・ジョルダーノ
シモーネ: ルイージ・ローニ
ネッラ: オリガ・シャラエワ
ゲラルド: エードリアン・トンプソン
ゲラルディーノ: クリストファー・ウェイト
ペット・ディ・シーニャ: マクシム・ミハイロフ
ジャンニ・スキッキ: アレッサンドロ・コルベルリ
ラウレッタ: サリー・マシューズ
スピネロッチョ: ヴィアチェスラフ・ヴォイナロフスキー
アマンティオ・ディ・ニコラーオ: リチャード・モスリー・エヴァンズ
ビネルリーノ: ジェームズ・ガワー
グッチョ: ロバート・デーヴィス
ブオーゾ: マチルダ・ライサー

指揮: ヴラディーミル・ユロフスキ
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
演出: アナベル・アーデン


「けちな騎士」の幕切れで、息絶えた男爵の遺体の傍らから長持の鍵束を息子アルベルトが持ち去る場面を引き継ぐかのように、この喜劇の冒頭では亡くなった資産家のブオーゾを悼む親族のすすり泣きで幕を開ける。みなもっともらしくブオーゾの死を嘆いて見せるが、彼らの最大の関心事は彼の遺産の行方である。ブオーゾが遺言で遺産を全て教会に寄付しようとしていることがわかり、一同はここで初めて真の悲しみの声を上げる。知恵者のジャンニ・スキッキの力を借りて遺産を自分たちのものにしようと企むが、逆に彼の才覚の罠にはまり遺産の最もうまみのある部分を彼に取られてしまう、というのが大体のあらすじである。

ここでは人々の醜悪な金銭欲が喜劇の手法で滑稽に描かれている。その容赦のない描写は登場人物たちが哀れに思えてしまうほどである。しかしこれもまた人の心の赤裸々な真実の一面なのだろうか。
一方でこの劇には舞台となるフィレンツェへの讃歌という側面もある。フィレンツェの住人であるブオーゾの親族たちがよそ者のジャンニ・スキッキにしてやられる筋書きはこの町の人々への皮肉とも受け取れるが、アリア「フィレンツェは花咲く木のように」は心からの賛美を歌い上げている。辛辣な内容にも関わらず見ていて晴れやかな気分にさせられるのは、歴史あるこの町の賑わいが劇中にみなぎっているためだろうか。

音楽監督のユロフスキが「この二作は理想的なカップリングだ」といった意図はもはや明白だろう。共通するテーマを対照的な手法で描き、一方の幕切れがそのままもう一方の幕開けにつながるというのは見事な相性というほかない。これを見通した眼力に敬意を表したい。
演出のアナベル・アーデンは「けちな騎士」で貪欲の精を演じたマチルダ・ライサーに死んだブオーゾ(すなわち死体)の役を演じさせた。これがまた抱腹絶倒の演技で、死体の役でこれだけ笑わせる力量は大したものだと思う。

このオペラで最も印象的なのがアリア「わたしのお父さん」。ジャンニ・スキッキの娘ラウレッタはリヌッチョと愛を誓い合う仲。遺産奪還作戦への協力を要請されたもののリヌッチョの叔母と折り合いが悪くへそを曲げてしまった父に、懇願するように甘くやさしく歌い上げる。少し頭の弱そうな娘という印象も与えるキャラクターなのだが、毒に満ちたこの喜劇の中の清涼剤のような存在である。
全体にはまるでドリフターズのコントを思わせるようなドタバタしたコメディーなのだが、そんな作品にもこのようなロマンティックな名旋律を書いてしまうプッチーニの才能にはただただ感嘆するばかりである。大作曲家は数あれど、美しい旋律を生み出す才能という点ではその中でも屈指の存在だと改めて思った。
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# by neroli_bigarad | 2006-04-20 19:40 | クラシック
ユーミン 約5年ぶりのアリーナツアー
松任谷由実さんが約5年ぶりのアリーナツアーを今日横浜アリーナからスタートさせた。それに先んじて昨日、公開リハーサルを同所で行った。5月24日発売の新アルバム「A GIRL IN SUMMER」の収録曲などを披露したという。
7月27日まで11ヶ所20公演で17万人を動員する予定だそうだ。

松田聖子さんの「永遠の少女」にしてもそうだが、立派な大人になってもGIRL(少女)と名乗ってしまう大胆さが素晴らしいと思う。歳を重ねても少女の頃の純粋な気持ちを失っていないという自信の表れなのだろう。いつまでもその若さで聴衆を魅了して欲しいものだ。


以前のエントリーのコメント欄で話に花が咲いていますが、そろそろスクロールが大変になってきたかと思い、新たにこんなエントリーを立ててみました。ユーミンにはあまり詳しくないので管理人はなかなか反応できないかも知れませんが、ゲストのみなさん同士でまた盛り上がっていただければ幸いです。
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# by neroli_bigarad | 2006-04-14 19:38 | 音楽
ジャイアンツ桑田 故藤田氏に捧げる勝利
ジャイアンツの桑田が今日行われた対広島戦で5回4安打1失点の好投で、2004年8月21日以来600日ぶりの勝ち星を挙げた

TVでは4回以降しか見られなかったけど、落ち着いたピッチングで安心して見ていられる内容だった。嶋に打たれたホームランはアウトコースのストレートをレフトスタンドに運ばれたもので、打った嶋をほめるしかない一打だった。
もう少し投げさせてもよかったと思うのだが、原監督は6回から久保に交代させた。最後の緒方をショートゴロに打ち取った球が、結果はよかったが明らかにコントロールミスだったのを重く見てもう限界と判断したのだろうか。
去年も勝利投手の権利を残して降板しながら後続の投手が打ち込まれて勝ち星を逃す、ということが何度かあったので、この交代はヒヤヒヤものだった。久保が先頭の前田にフォアボールを与えた時は嫌な予感がしたが、続く新井をダブルプレーに打ち取ったところで少しほっとした。

この勝利は今年2月に亡くなった藤田元司さんに捧げるものでもあった。ジャイアンツのエースナンバーを受け継いだ後輩の復活に、藤田氏もさぞ草葉の蔭で喜んでいることだろう。
進退を賭けて臨んだシーズンだが、最初の試合こそ立ち上がりの乱調につけこまれたが、まずまずいいスタートを切ることができた。今後がますます楽しみになってきた。


追記:
桑田降板の理由は4回の打席で内野ゴロの走塁の際、右足首をひねったため大事をとったということだった。
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# by neroli_bigarad | 2006-04-13 22:15 | 野球
グラインドボーン音楽祭 2004 ーその1ー
去る3月19日、教育テレビ「芸術劇場」で2004年7月に英国で行われたグラインドボーン音楽祭の模様が放送された。演目はラフマニノフ「けちな騎士」とプッチーニ「ジャンニ・スキッキ」の二つのオペラ。ともにめずらしいといえる部類に入る作品で、「ジャンニ・スキッキ」はアリア「わたしのお父さん」で有名だが、実際に全曲が上演されることはそれほど多くないと思われる。また「けちな騎士」の方は現在上演されることは滅多にないはず。知られざる作品に光をあてた、意欲的な取り組みといえるだろう。

音楽監督のヴラディーミル・ユロフスキは以前からロシアの知られざる作品の上演に意欲を燃やしていたという。「けちな騎士」は上質な音楽にあふれ、上演する価値のある作品だと彼はいう。しかし興業的な面を考えるといいカップリングが必要になる。ある時彼は「ジャンニ・スキッキ」なら理想的だということに気づく。貪欲さというテーマが共通し、有名なアリアのゆえにタイトルは知らぬ人のいない作品という点に注目したのだろう。この取り合わせの妙は二作を続けて観れば明らかとなる。


ラフマニノフ「けちな騎士」 Op.24

アルベルト: リチャード・バークリー・スティール
召使い: マクシム・ミハイロフ
金貸し: ヴィアチェスラフ・ヴォイナロフスキー
大公: アルベルト・シャギドゥリン
男爵: セルゲイ・レイフェルクス
貪欲の精: マチルダ・ライサー

指揮: ヴラディーミル・ユロフスキ
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

演出: アナベル・アーデン

金への執着にとり憑かれた守銭奴の哀れな末路を描いたプーシキン原作の悲劇。登場人物は全て男性で、合唱も伴わないため女声は一切用いられない。オーケストラは低弦の重たい響きに特徴があり、全体に暗く重苦しい作品である。演出家のアナベル・アーデンは原作にないキャラクターとして、擬人化された貪欲さの象徴をマチルダ・ライサーという女優にパントマイムで演じさせた。これによって人を破滅に導く魔術的な力を際立たせることに見事に成功したといっていいだろう。

筋立てはこれといってこみいったところのない単純なもの。極度の金銭欲にとり憑かれた男爵が、そのためにまともな社交さえできなくなってしまった息子から訴えられる。大公の召喚を受けて弁明し、息子と対決するうちに興奮のあまり息絶えてしまう。
文字にしてしまうと実にあっさりとした説明になるが、作品全体に漂う重苦しい緊迫感はただならぬものがある。特に地下室の長持に新たに手に入れた金を蓄える場での男爵のモノローグは狂気を感じさせる凄絶さだ。

しかしプーシキンにせよ、ラフマニノフにせよ、なぜこのような救いようのない重苦しい悲劇を描こうとしたのだろう。プーシキン(1799ー1837)はラフマニノフ(1873ー1943)より100年ほど前の人物だが、彼の時代には帝政ロシアにも貨幣経済が浸透し、貴族階級から物語の主人公のような守銭奴が輩出されるようになっていたのだろうか。経済の変動をうまく乗り切ることができずに没落してしまった両親の下に育ったラフマニノフはこの悲劇に何を感じオペラにすることを思い立ったのだろうか。
元々貨幣経済のもたらす社会の変動や人心の動揺を情感豊かに描いてみせることはロシア芸術の特質の一つ。チェーホフの戯曲はその最も優れた例なのだが、この作品もそうした系譜に連なる傑作の一つといえるのかも知れない。

最後には男爵は金を貯め込んだ長持の鍵束を握りしめながら息絶える。そしてその遺体の傍らから息子が鍵束を持ち去るところで幕が降りるのだが、それが次の「ジャンニ・スキッキ」の冒頭の場面へとつながっていく。この2作のカップリングの絶妙さを見抜いたユロフスキの慧眼には感服してしまう。

その2へ続く
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# by neroli_bigarad | 2006-04-12 22:05 | ラフマニノフ
N響の演奏によるスクリャービン「プロメテウス」
昨日午後9時からの「N響アワー」で2月24日・25日に行われたコンサートの模様が放映された。曲目はスクリャービン作曲「プロメテウス」。スクリャービンが構想しながら当時の技術では不可能だった音と光のコラボレーションを現代の技術を駆使して実現する、という試みを興味深く鑑賞した。

指揮:ウラディーミル・アシュケナージ
出演:ペーテル・ヤブロンスキー(ピアノ)
   井口真由子(色光ピアノ)
   国立音楽大学合唱団(合唱)
照明:成瀬一裕
プロデューサー:川口義晴

「色光ピアノ」とは鍵盤を押すと光を発するというスクリャービンが夢想した楽器(?)。その光がスクリーンに映し出されて、作曲家が思い描いた音と光の世界が再現されるというわけだ。プロメテウスはギリシャ神話の神で、人に火を与えた存在とされている。
観賞した正直な感想はこれのどこが「火」なのだろうか、ということだった。音楽からも映像からも私はむしろ静かで冷たい光を感じてしまった。これは火よりもオーロラのようなものに近い世界のように思われた。あるいはこの音楽を北欧の野外で本物のオーロラの下で行えば作曲家の夢想したような神秘的な体験に近づくことができるかも知れない、などと考えてしまった。そんな環境でオーケストラの演奏のどというものができるとすればの話だが。こればかりは現代の技術でも不可能だろうか。

世の中には「共感覚」というものを持つ少数の人々がいる。普通私たちの五感は互いに独立しているのだが、これらの人達は音を見たり、色彩を味わったりすることができるのだ。私の知っている範囲ではピアニストのエレーヌ・グリモーさんがそうした一人。スクリャービンは音と色彩との対応表を作成しており、彼も共感覚の持ち主だった可能性がある。彼は「神智学」という独自の神秘主義哲学にのめりこんだことでも知られており、彼にとっては自分の世界観を十全に表現するためには音楽ばかりでなく視覚的効果をとりいれることは必然だったのだろう。今回の試みは彼の思い描こうとした世界を垣間見る貴重な体験を与えてくれたといえると思う。

たがこれが音楽の新たな可能性を切り開くものだったのかといえば、個人的には「?」である。彼は光ばかりでなく「匂い」をもとりいれることを構想していた。私もアロマセラピーを趣味にしているので気持ちはわからなくはないのだが、このエピソードを聞く度に私はチェーホフ「かもめ」のコスチャの劇中劇を思い出す。
チェーホフは当時流行していた虚無的な思想傾向に批判的で、そうした思想を表現した芝居のパロディを自らの作品にとりいれたのだった。コスチャが「必要なのは新しい形式だ」という主張を後に撤回せざるを得なかったように、スクリャービンの夢想も結局はどこにたどり着くあてもない現実逃避でしかなかったのではないか。
「火」というには熱さも破壊的暴力性も感じない音と光のコラボレーションを鑑賞しながらそんなことを考えてしまった。


この演奏を生で鑑賞された方の感想:
えすどぅあ
庭は夏の日ざかり
即評
「ゆうちゃんの独り言」
CLASSICA - What's New!
Je me dedie cette oeuvre
気分屋のぷれーな日記
NHK交響楽団定期演奏会を聴いての拙い感想-2006年(前半)
さすらい人の夜の歌

TVで鑑賞された方の感想:
yurikamomeの妄想的音楽鑑賞とお天気写真
どんなとこへこんなとこへ
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# by neroli_bigarad | 2006-04-11 00:45 | クラシック
桜吹雪を浴びながら
今日は関東地方は大荒れの天気と聞いていたが、午後になると晴れ間が広がったので近くのお寺まで散策に出かけてみた。少し強めの風にあおられて桜の花びらが舞うのを眺めながら春の風情を楽しんだ。
桜吹雪を肩に浴び、花びらの絨毯を踏みしめながら心の中に流れ出したのはラフマニノフの交響曲第2番第3楽章。少しの哀しみと静かな喜びの入り交じった甘い旋律はこんな時にいつも思い浮かぶ。
染井吉野が散りつつある一方、やや濃い目のピンクの八重桜は今が正に花盛り。カメラを持ってこなかったのを半分後悔しながら心に焼き付けた。
楓の新緑が目を驚かせ、山吹が桜から主役の座を奪い取るべく野心を燃やしているのを確認して帰途に着いた。
静かに賑わう春の一日だった。
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# by neroli_bigarad | 2006-04-08 19:11 | 日記